私は賃貸アパートに住んでいる。もともとは夫が独身時代から住んでいたところで、二人暮しには十分な広さだったので、結婚後も住み続けているのだ。もう夫が住み始めてから、かれこれ8年近くになる。
さて、この部屋だが、夫が住む以前の住人(仮にKさんとする)宛ての郵便物が送られてくる。それも督促状だったり、なんだか事務的であまりもらって嬉しい手紙の類ではないものばかり。その度に「訪ね当たりません」と郵便局に返すのも面倒くさいものだ。
ある日、玄関のチャイムがなった。
出てみると、そこにはスーツを着た男性が一人。彼はおもむろに
「私、こういうものですが…」と黒い手帳を取り出した。
こ、これは…! もしや、俗に言う、「
聞き込み捜査」ってヤツじゃないですか!? うわぁ初体験だ!
…ここから私の妄想が、パノラマのごとく広がる。
サスペンス物の定石で、きっとこの後、彼は言うに違いない。
「一昨日の深夜、何か物音はしませんでしたか?」
「お隣のAさんについてお聞きしたいのですが…」
この場合、私の役どころは『安アパートに住む、安キャバレーに勤めるホステス』だよな。頭にカーラー巻いて、品の無いネグリジェを着てればOK。それでかったるそうに
「またあんたたちなの〜?昨日も同じこと話したじゃないの」って言うんだ。でも実は悪い人じゃなくて、手がかりになりそうなことを「そういえばあの人…」なんて、ポロッと話すんだよね。
うわー、私、そんなネタ持ってたっけかなー。思い出せ、思い出すんだ…!
…ありもしなさそうな手がかりをあれこれ思い浮かべていると、刑事さん(推定)はこう言った。
「○○税務署の××です。以前この部屋に住んでいたKさんがその後どちらに引っ越されたかご存知ありませんか?」
知りません。
っていうか、刑事さんじゃなかったのかい!
紛らわしく黒い手帳を出すな!(←勝手に勘違いしておいて…)
「こっちが教えて欲しいくらいですよ」という意味の言葉をオブラートに包んで渡し、税務署員さんにはお引取り願った。
そして数日前。郵便局からまた「Kさん宛ての郵便物が来ていますがどうしますかい?」という意の通知をもらった。
Kさん宛て郵便物の差出人は、
保健所。
Kさん…あんた今、どこにくらしているんだい…?
それよりも…、Kさん、今も生きているのでしょうか…?